第2話「脱・引きこもりミッション開始!社会との接点を探せ」

第2話「脱・引きこもりミッション開始!社会との接点を探せ」

午後3時17分、足が震える玄関先

目の前の玄関は、たった数センチしか開いていない。 けれどその隙間の向こうにある「世界」は、白崎直人にとって信じられないほど広くて、恐ろしい場所だった。

昨日、彼は人生で初めて「抹消対象通知書」を受け取った。

表向きには存在しないはずのその書類に記されていたのは、自分の名前と“社会的抹消まで残り92日”という不穏なメッセージ。

直人は目を背けたくなる感情と向き合いながら、今日ついに玄関のドアノブに手をかけた。 それは、小さな、でも決定的な“最初の選択”だった。

“3ポイント。たかが外に出るだけ。”

NEET-Xが置いていった黒いノートを見返す。

『NEETレベルアップノート:生存戦略編』

そのページには、最初の指令として「外に出る(3pt)」と書かれていた。

ただそれだけの行為が、いまの直人にはとんでもない高難度に思える。

足が震える。手のひらは汗ばんでいる。 だが、ノートの左上にある「抹消までのカウントダウン」を思い出し、彼は深く息を吸った。

「いける……いける。とりあえず外に出るだけ……」

心臓が痛いほど鼓動を打つ中、直人は手の震えを隠すようにそっとドアを押した。 開いた扉の先、風が顔を撫でる。 日差しは斜めから差し込み、地面には長い影が伸びていた。

彼の身体が、外に出た。

それだけで、全身から力が抜けるようだった。 一歩、一歩と靴音を鳴らすたびに、彼は自分の存在を地面に刻み込むような気持ちになった。

住宅街の午後。洗濯物が風に揺れ、どこかの家からテレビの音が漏れてくる。 近所の犬が塀越しにこちらを見て、一声吠えた。 直人はびくりと肩を跳ねさせた。

「……やっぱ、俺、怖がりだな」

自嘲気味につぶやいて、でも次の一歩を踏み出す。 この一歩が、彼の新たな人生の起点になるかもしれない——そんなことを、まだこの時の直人は知る由もなかった。


最初のミッション:近所のコンビニ

直人は、小さなリュックを背負い、ポケットに500円玉を2枚入れた。 財布を持つのが怖かったのだ。

近所の道は、彼にとって“思い出と挫折の記憶”が詰まったフィールドでもあった。 小学校の帰り道、中学での友人との別れ、高校の登校拒否、そして大学中退——。

10年以上前から知っているはずの道は、まるで変わってしまっていた。 人の視線が怖い。風の音が敏感すぎる。車のエンジン音が大げさに耳に響く。

歩くたびに足の裏が地面に吸い付くような重さがある。 信号の音がやけにうるさくて、頭の中まで響いてきた。

「あの信号を渡ったら……コンビニが見える」

それだけの距離を進むのに、直人は何度も立ち止まり、深呼吸を繰り返した。 心の中で「まだ間に合う」「戻ってもいい」と、何度も言い訳を並べた。

でも、進んだ。 少しずつでも前へ。

やがて、角を曲がった先に見慣れた看板が現れた。 直人の胸に、ある種の感情が湧き上がった。

——懐かしさ。

かつては何の気なしに通っていたその場所が、今ではとてつもなく遠い場所のように思えた。


「こんにちは~!」子どもの声

コンビニの自動ドアが開いた直前。 小さな子どもの声が直人の鼓膜に響いた。

「こんにちは~!」

小学生くらいの男の子。 笑顔で自転車をこぎながらすれ違っていく。

直人は反射的に足を止めた。 口が乾く。喉が詰まる。 自分の唇がわずかに開いて、声が漏れたのはその数秒後だった。

「……こ、こんにちは……」

誰にも聞こえない小さな声。 だけど、 それはたしかに「社会との接点」だった。

子どもは振り返ることもなく走り去っていったが、直人の心には何かが残っていた。 ほんの一言交わしただけで、こんなにも胸が熱くなるなんて。

彼はそっと手のひらを見つめた。 自分の存在を、誰かが「見て」「認識して」「声をかけてくれた」—— それだけで、世界が少し違って見える気がした。


初めての4ポイント

自動ドアが開き、冷たい空気が直人を包んだ。

店内は明るい。 雑誌コーナーの前に高校生らしき男子がいて、お菓子売り場には親子連れがいた。

彼は足早にドリンクコーナーへ向かった。 ペットボトルの水と、カロリーメイトを選ぶ。手が震えていた。

レジに並ぶ。自分の順番が近づく。 心臓の音が耳を打つ。

「……いらっしゃいませ~」

アルバイトらしき女性の声。 直人はそっと商品を差し出した。

「……これ、お願いします……」

「袋はどうされますか?」

店員の女性が直人に聞いた。

……そういえば、今は袋が有料になっているのか。

直人は時代から取り残されている自分を感じた。

「……お、お願いします」

会計は432円。 ポケットの500円玉を出す。おつり68円。

レシートと袋を受け取り、軽く頭を下げて店を出る。

ドアが閉まり、再び外の空気に触れたとき——直人は、安堵と達成感の両方に包まれていた。

「……やった、な……」

たった数分のこと。 でも、彼にとっては、ゲームのボス戦をクリアしたかのような興奮だった。

– 外に出る(3pt) – 買い物する(4pt) – 挨拶をする(臨時ボーナス:1pt)

「……8ポイント、達成」

そう呟きながら歩く帰り道は、行きとはまるで違う世界に見えた。


新たな任務:3分会話チャレンジ

帰宅後、部屋に戻った直人は、玄関のモニターが点滅しているのに気づいた。

『録画:昨日 16:02』

再生ボタンを押すと、あのNEET-X——黒峰クロウの姿が画面越しに映し出された。

「直人、見ているか? 今日が最初の一歩だったな」

無表情ながらも、どこか安心したような声だった。

「次は“人と3分話す”だ。君のタイムリミットは、あと91日。 このままでは、君は“社会的に存在しなかった人間”になる。 でも、君には変わる資質がある」

録画は、そこで止まった。

ノートに記された次の項目。

– 人と3分間、会話をする(10pt)

直人は眉をひそめ、口元を引き締めた。

「……いきなりハードル高くないか……?」

友達もいない。 親ともろくに話していない。

そんな直人が、誰と、どんなふうに“3分”も会話するのか?


次回予告:「3分会話チャレンジ!君は誰と話す?」

コミュ障の直人が会話ミッションへ突入。 “誰と話すか”が次なる課題となる。 次回もお楽しみに。

NEETANT 最新記事