NEET-Xの次なる指令
「直人。そろそろ、“働く”という体験に触れてみるべきだろう」
朝、インターホンに残されたNEET-Xからの新たな録画メッセージ。
画面の中の黒峰クロウは、変わらぬ落ち着いた声でそう告げた。
「もちろん、いきなり就職とは言わない。まずは短時間、声を出すバイトに挑戦だ」
黒い封筒がポストに投函されていた。
中には、あるチェーン系スーパーのバイト募集チラシと、仮応募が記入された紙が同封されていた。
“体験バイト:お試し2時間・レジ打ちサポート業務”
「……レジって、声……出すんだよな」
直人の喉が、緊張で乾いた。
「いらっしゃいませ」が遠すぎる
スーパーの制服を貸与され、更衣室で着替える直人。
スタッフ名札には「しらさき」とだけ書かれていた。
出勤は14時から。
混雑する時間帯を避けて設定されていたが、直人には十分すぎる挑戦だった。
店舗マネージャーの「西原さん」は、朗らかな40代の男性だった。
「気楽にね、声は無理に出さなくてもOK。まずは立って笑顔で、袋詰めの補助をお願いできれば」
「……はい」
だが、その“はい”すら蚊の鳴くような声だった。
レジの横に立つ。
店内にはBGMと、商品のバーコードを読む音が混ざる。
最初の10分間、直人は何もできなかった。
「……笑顔……て、どうやるんだっけ……」
自分の頬が引きつっているのがわかる。
お客の目が怖い。
その時——
小さな子ども連れの女性が会計を終え、カゴを袋に詰めていた。
「ありがとうね」
何気ない一言。
「……え?」
直人の目が丸くなった。
彼女は直人に言ったのだ。
「助かりました、ありがとう」
それに対して、彼の口が動いた。
「……あ、ありがとうございました……」
声が出た。
小さな声と、スタッフの眼差し
「今の、すごく自然だったよ」
西原さんがそう声をかけてきた。
「“いらっしゃいませ”や“ありがとうございました”って、形だけじゃなくて、心がこもると全然違う。今日みたいに自然な反応ができるなら、直人くんなら大丈夫」
「……自然、でしたか……?」
「うん。最初はね、“言わなきゃ”って気負いすぎると逆に言えないもんだよ」
直人はその言葉に少しだけ背筋が伸びた。
帰り際、西原さんが笑顔で言った。
「また、いつでも来ていいからね」
直人は、深く頭を下げた。
ノートに刻まれる“労働”の証
帰宅後、直人はいつものようにノートを広げた。
– 短時間バイトを体験する(15pt)
記入欄に達成のチェックを入れ、トータルは45ポイントに達した。
「45……思ったより、進んでる」
静かな自室。
でも、心の中は少しだけ、騒がしくて、あたたかい。
次回予告:「電話をかけろ!?未知との会話ゾーンへ突入」
次に待ち受けるのは、外との“会話”の極地——電話。
相手の顔が見えない、声だけでのやり取り。
それは、コミュ障にとって最大級の恐怖とも言える壁だった。
直人は、この次なる試練を越えることができるのか。