第22話「意見の代償!反論を受け止める冷静さ」

第22話「意見の代償!反論を受け止める冷静さ」

朝9時12分、想定外の“ピッ”が鳴った

バーコードリーダーの短い異音
A社向け出荷フローのサンプル抜き取りトライアル2日目
白崎直人の胸に、冷たいものが落ちた。

「読み取りミス?……いや、ラベル印字がかすれてる

現場担当が顔を寄せる。
「昨日までは出なかったやつだよね」

——来た。反論のタネ。

会議で“二重チェックの一部サンプル化”を提案し、林(ベテラン)が渋い顔で飲んでくれたばかり。
ニートからの社会復帰、コミュ障の克服、そんなドラマとは無関係に、現場は容赦なく揺り戻しを起こす。
「ほら、やっぱり前のやり方が安全だったじゃないか」
そう言われる予感が、背筋をこわばらせた。

直人は、呼吸を整えた。焦って口を開かない
チェックリストに従い、まずは事実だけを集める。

  • 発生時刻:9:12
  • ライン:2番機
  • ラベルロット:Lot# A-0912-02
  • 印字機:#3(昨日新品リボンに交換)
  • オペレーター:交代直後の新人・斎藤

メモを取り終え、顔を上げる。
一旦ラインを30分止めます。印字と読取を分けて切り分けします

林がこちらを見た。
——逃げないで言え。根拠で言うんだ。


10分後、チャット欄は“炎上前夜”

社内チャットの通知が弾ける。
〈二重チェック緩めたせいでミス出た?〉
〈現場の負担増えてない?〉
〈結局“改革ごっこ”じゃん〉

引きこもりだった頃なら、画面を閉じて布団にもぐっていた。
でも、今は違う。社会問題みたいに匿名の「叩き」を嘆くより、データと言い方で向き合う。

直人はスレッドに短く、具体的に書いた。

9:12のミスは「ラベル印字のかすれ」。
読取側の抜き取り率変更と独立事象の可能性が高いです。
30分停止し、①印字品質再検査 ②読取機側の閾値確認 ③#3印字機の環境チェック(温湿度)を実施します。
進捗は10分単位で共有します。

一呼吸置いて、顔を上げる
「林さん、#3印字機、見てもらえますか。自分は読取側の閾値と履歴を見ます」

林は目を細め、頷いた。
「……よし、やるか」


9時38分、原因は“人”でも“改革”でもない

30分の切り分けで見えたものは、拍子抜けするほど機械的だった。

  • 印字機#3のリボン圧が微妙に弱い(新品交換時の初期伸び)
  • 交代直後のオペレーターは規定圧点検の手順を失念
  • 読取側は正常(ミス発生ラベルを再印字したら読取OK)

「つまり、“二重チェックのサンプル化”とは無関係
直人がまとめると、林が肩をすくめた。

「まあ、こういうのは起きる時は起きる。点検手順の見直しだな」

誰かのせいにしない。
“改革ごっこ”のせいにも、“新人のせい”にも、“自分の提案のせい”にも。
必要なのは、再発防止策と透明な共有
だ。

直人は、10分スタンドアップの資料に**“3点だけ”**書いた。

  1. 切り分け結果:印字圧不足と点検漏れ
  2. 即時対策:#3の圧再調整/交代時点検シートにチェックボックス追加
  3. 継続対策:朝礼で30秒訓練(印字品質サンプルをその場で見てOK/NG判定)

そして最後に一行

※本件は“読取側の抜き取り率変更”とは独立事象。トライアルは続行し、事故率・処理時間を日次で公開します。

——戦わないで、澱を抜く。
それが、コミュ障だった自分が今ようやく覚えた、“冷静さ”の使い方。


昼、ベテランのひと言は風のように

休憩室。
林がコーヒーを置いて座った。

「さっきの共有、良かった。短くて、逃げてなくて、原因に近い

直人は驚いて顔を上げる。
林は照れくさそうに続けた。

「昔の俺なら“やっぱり戻せ”って言ってたかもな。
でも、うまくいかない理由から先に考えるのは筋がいい
……佐伯に教わったのか?」

「はい。あと、昨日の会議で林さんが“反証条件”を出してくれたのが、頭に残ってて」

林は鼻で笑い、立ち上がる。
「じゃ、午後もやるか。炎上ってほどでもなかったな」

直人は小さく笑った。
——**“ひとりじゃない”**という実感は、こういう瞬間に生まれる。


夕方、チャットの“空気”が変わる

トライアル2日目の夕方、直人は日次ダッシュボードを上げた。
ミス発生1件(印字圧)/処理時間 5.9%短縮二次事故ゼロ
原因と対策は可視化され、だれでも見える
水谷がチャットで反応する。

〈共有助かる!“事故率と時間の同時表示”が見やすい〉
〈新人の点検ボックス追加、朝礼で展開済み〉
〈“戻せ派”の人も、今日の資料なら納得してた〉

——言い負かすのではなく、納得してもらう
社会問題は、誰かを悪者にしてスッキリしたくなる病も内包する。
けれど現場は、誰も悪者にしない仕組みのほうが長生きする。

直人は小さくうなずいた。
声量より、透明度。
これなら、元ニートの自分でも戦える。


18:07、あの通知は相変わらず時間に正確だ

インターホンのランプ。
再生ボタン。
NEET-X——黒峰クロウの無表情。

反論は“痛み”だ。
だが“痛み”は、壊れかけの仕組みを教えてくれる神経でもある」

黒いノートが映る。自動追記が始まる。

  • 事実を集める(5pt)
  • 切り分けを設計する(8pt)
  • 原因と対策を分ける(6pt)
  • 透明に共有する(8pt)
  • “戻せ”の圧に感情で反応しない(ボーナス 5pt)
    合計:32pt

「今日は**“意見の代償”を支払った。
それは“反論”と“責任”だった。
だが、お前は
通貨**で返した。データという名の通貨でな」

クロウの声が、ほんの少しだけ柔らかくなる。

「次は、“任される領域”が増える。
期待は圧力だ。だが、圧力は推進力にもなる。
選べ、白崎直人。圧に砕かれるか、推進に変えるか」

録画は終わった。
部屋の静けさに、直人はゆっくり背をもたせた。

——怖い
でも、逃げていた頃の怖さとは違う。
いまは、守りたい毎日があるから怖い。

「……続ける」

ノートを開き、明日の“先回り共有”テンプレを書き足す。
・今日の事故/・原因分類/・対策/・残課題/・明日の予告
“攻めの報連相”は、コミュ障にもできる技術だ。


次回予告:「任される領域、上がるハードル——“小さなリーダー”の条件」

トライアル3日目、直人は新人2名の段取り係を任される。
説明が噛み合わない、時間が押す、現場は待ってくれない。
“教える”という別の筋肉が、彼に不足していることに気づく。

**第23話「小さなリーダー任命!“教える”は最強の学び」**へ——。

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