ひとりで食べるという壁
「次は“外で食事をする”だ」
NEETレベルアップノートに記された、次のミッション。たった一文。
– 飲食店でひとりでランチを食べる(12pt)
それは、外の世界との新たな“接触”だった。
白崎直人にとって、コンビニでの買い物や3分会話を超える大きな挑戦。それが「外食」だった。
理由は単純。
周囲の目が気になる。
注文の仕方がわからない。
何を頼めばいいかわからない。
――そして何より、“ひとりでいること”が他人にどう見られるかが怖かった。
「店に入って、注文して、食べて、出る……それだけのことが……」
自室の壁に向かってそう呟いてみたが、気持ちは全然軽くならなかった。
「やるしかない……ポイントのためじゃない。俺の人生のために」
直人はノートを閉じ、スマホで近所のカフェを検索した。
見つけた“狙い目”カフェ
駅から少し離れた住宅街の中に、小さな喫茶店があることを発見した。
【Cafeひなた】
「地元の常連客が多く、ランチは手作りメニュー中心。落ち着いた雰囲気」
口コミを読めば読むほど、温かみと緊張が入り混じる。
だが、チェーン店よりは“入りやすそう”だった。
決めた。
次の日の昼、直人は人通りの少ない時間を狙って外出した。
手には、再び黒いレベルアップノート。
ポケットには小さな勇気と1,000円札が1枚だけ。
ドアのベルの音が鳴ったとき
「いらっしゃいませ〜」
柔らかく、落ち着いた女性の声が店内に響く。
店は広くはないが、木の温もりを感じる落ち着いた空間。
年配の夫婦と女性客が1人。静かなBGMが流れていた。
「おひとりさまですか?」
「……は、はい」
カウンター席に案内される。
席に座ると、直人の目線は一度も店員と合わなかった。
手汗が止まらない。
心臓の鼓動がカップの揺れを生むのではないかと錯覚する。
メニューを開く。
「……日替わりランチ、で……」
震える声。
それでも、確かに“自分の声”だった。
無言の時間、そして救い
ランチプレートが運ばれてきた。
チキンソテー、サラダ、小鉢、ごはん、味噌汁。
どれも温かく、香りだけで心が和らいでいく。
でも——
「周りの人、俺のこと見てるんじゃ……?」
「“あいつ、ひとりで来てる”って思われてないか?」
そんな妄想が、ずっと頭の中でぐるぐる回る。
だがふと視界に入ったのは、窓際で文庫本を読む女性。
彼女も、ひとりだった。
誰も気にしていない。
そして気づいた。
「ひとりでいること」は、決して“異常”ではないことを。
「……そうか、俺が勝手に怯えてただけなんだ」
箸を持つ手が、少しだけ軽くなった。
小さな満腹感と、12ポイント
完食したランチプレート。
レジで精算し、深く頭を下げて店を出た。
ドアベルが再び鳴り、昼の光に包まれた外に出る。
「……できた。俺、ひとりで食べられた」
達成感。
黒いノートを取り出し、次の欄に書き込む。
– 飲食店でひとりでランチを食べる(達成:12pt)
累計:30ポイント。
「……少しだけ、前に進めてる気がする」
そんな気持ちが、空腹よりも胸を満たしていた。
次回予告:「声を出すバイトに挑戦!“いらっしゃいませ”が言えますか?」
次なるミッションは、ついに“仕事”に関わるチャレンジ。
声を出すことが苦手な直人にとって、これは新たな大きな壁となる。
果たして直人は、“いらっしゃいませ”を言うことができるのか?