“言葉”が自分を決める
白崎直人は、机の前で固まっていた。
パソコンの画面には、シンプルなPDFファイルが開かれている。
それは、ある地元企業の“職場体験”申込み用のエントリーシートだった。
名前、住所、年齢……そこまでは機械的に入力できた。
しかし、目の前には大きな空欄があった。
「志望動機」「自己PR」
「……こんなの、どうやって書けばいいんだよ……」
紙の上にあるたった数行。
だけど、その数行が“今の自分”をすべて表すものになる。
直人にとって、それは恐ろしくもあり、そしてどこかで“避け続けてきた問い”だった。
自分を見つめるという恐怖
ノートにこう書かれていた。
– エントリーシートを書く(20pt)
その横に、小さく“自己理解ミッション”とある。
自分の過去、自分の強み、自分が何をしたいのか。
これまで、直人は「何者にもなりたくない」とさえ思っていた。
“期待されるのが怖い”
“頑張って失敗したらどうする?”
“バカにされるのが嫌だ”
だから、何もしないでいれば、誰にも責められない。
でも、NEETレベルアップノートにはこうも書いてあった。
自己PRとは、「過去の自分と向き合うこと」であり、
志望動機とは、「未来の自分に誓うこと」である。
「……向き合えってか……」
直人は、深く息を吐いた。
書き出した言葉はぎこちなくても
ワードファイルを開いて、カーソルが点滅するのを見つめる。
“こんにちは。白崎直人と申します。”
まずは形から入る。
だが、すぐに止まってしまう。
“自分の強みは……?”
“過去に頑張ったこと……?”
頭の中が真っ白になる。
でも、ノートを振り返って思い出す。
・外に出たこと
・子どもにあいさつしたこと
・コンビニで買い物したこと
・バイトで「ありがとう」と言われたこと
・電話で予約を取ったこと
「……これ、全部俺がやったことだよな」
たった1ヶ月前は、布団の中から出ることさえできなかったのに。
“完璧じゃなくても、真実なら価値がある”
そう思えた瞬間、手が自然に動き始めた。
エントリーシート、完成
1時間後——
画面には、400字程度の志望動機と、自己PRが埋まっていた。
文章はぎこちない。
敬語も怪しい。
でも、それはたしかに“直人の言葉”だった。
「私は人と関わることが苦手でしたが、最近少しずつ前へ進めています。
小さな経験の積み重ねが、自分にとって大きな変化になっていると実感しています。
今回の体験を通じて、もっと社会と関わる自信を得たいと思っています」
直人は“保存”ボタンを押し、ゆっくり目を閉じた。
NEET-Xからの通信
その日の夜。
また、インターホンに映像が届いていた。
「書いたな、直人」
クロウの声が、少しだけ低く響いていた。
「自分の言葉で、自分を表現するというのは、最も難しい課題の一つだ。
だがそれをやりきった今、君は“他者のまなざし”を恐れなくなりつつある」
「次は、実際に“提出する”という壁が待っている。
覚悟はいいな?」
直人は、小さくうなずいた。
「……はい」
ポイントとともに芽生えた覚悟
– エントリーシートを書く(達成:20pt)
ポイント合計:80pt。
「……俺、100に届くんじゃないか?」
初めて“数字”を希望として感じた。
次回予告:「面接!?人と目を合わせて話す試練」
提出の次は、対面。
最大の難関、“面接”が直人を待ち受けていた。
目を合わせて、声を出し、言葉を交わす。
これは、彼にとって“敵との対面”に等しい闘い。
それでも、直人はその扉に、手をかける。